「ぬるいビールはまずい」は思い込み:ホッとビールどっとこむ

「ぬるいビールはまずい」は思い込み

「人は過去を生きている」は、
クリシュナムルティの名言です。

ウニが嫌いな人は、
最初に食べたウニがまずかったのです。

人は、何かを口にするとき、それそのものの味より、
過去の記憶の方が優先されます。

まったくはじめてのものを食べるときでさえ、
それが過去に食べたことのある何かと似ていないか、
思い出そうとします。

そして、「○○のような味がする」と言います。

そうしないと安心できないのですね。

人は未知のものを恐れます。

ですから、何とかしてそれに対して、
知っているものを無理にでも当てはめようとするのです。

一方「今を生きる」という言葉があります。

映画のタイトルにもなりました。

いったい「今を生きる」とはどのような状態なのでしょう?

「今を生きる」とは、
常に新しく生きるということです。

どのようなもの(こと)であっても、
「ただ、それをそれとして、」向き合うということです。

それに対して、名前をつけないということであり、
カテゴライズしないということであり、
何かと比較したりもしないということです。

「あるがままのそれ」と向き合うということです。

「あるがままのそれ」と向き合うと食べ物の好き嫌いはなくなります。

でも、それは、人によってはとても難しいことだったりもします。

人は、強烈に過去に引っ張られ、
条件付けられているからです。

ひとことで言うとパブロフの犬です。

梅干を見ただけで唾がでるのと同じです。

このような条件付けは、
時と場合によってはとても便利です。

危険を回避するのに役立ったりもします。

転んだら反射的に手をつきます。

それはとても大切なことです。

一方、役に立たない条件付けもあります。

海辺で、たった今海の底から獲ってきたばかりのウニを食べる機会があっても、
ウニの嫌いな人は食べることが出来ません。

あなたの知っているウニじゃないのに・・・

たとえがんばって口に入れたとしても、
過去の記憶が今味わっている味を押しのけてしまいます。

それほどまでに、人は過去に引っ張られて生きているのです。

ウニが好きな人には笑い話ですが、
嫌いな人には笑い話ではありません。

ビールも同じで、
ぬるいビールが好きな人には笑い話ですが、
冷たいビールしか飲めない人には笑い話ではありません。

だって、ビールは冷たくなくては美味しくないと、
本気で思い込んでいるのですから。

たかが思い込み、されど思い込みです。

思い込みだと分かったところで、
なかなか抜け出すことが出来ないのが、
思い込みというものです。

じゃあ打つ手がないかというとそうでもありません。

一番効果的な方法は、

「考えずに行為する」

ということです。

しのごの考えずに行動し続けていると、
人間の体は今までとは違った別の結論を出します。

育児とは無縁のティーンエイジャーが、
子供を生んでしばらく苦労するうちに、
立派な母親になっていたりします。

入社(入門、弟子入り)して間もないころ、
右も左も分からず、
ただひたすら先輩の言うとおりにがんばって、
気がついたらいつの間にか、バリバリ仕事を(技を、芸を)
こなすようになっていたりします。

体で覚える、ってやつですね。

体はシンプルで正直です。

頭でっかち、なんて言葉があるくらい、
思考は、厄介で、時には嘘をつきます。

それに比べて体は嘘をつきません。

青ジソドレッシングは、ドレッシングなのだから、
水炊き鍋や、湯豆腐や、ハンバーグや、納豆や、餃子や、
ほうれん草のお浸しや、釜揚げうどんや、焼肉には合わない、
と思っていたけと、ちょっと試してみたら、意外にいけるじゃん、
なんてこともあります。

やってみる前は、とてもじゃないけど無理だと思えるようなことでも、
実際にやってみるとそうでもなかった、なんてことは、
世の中ザラにあります。

温かいビール、
実際に飲んでみたけどやっぱりまずかったよ。

そんなときは、それは本当にまずいビールなのです。

私も、温かいと飲めないビールはあります。

もしくは、体調も関係しています。

あるときはまずくても、また別のあるときは美味しかったりもします。

あるいは、慣れもあります。

最初は、まずくても、飲んでいるうちに病み付きになるということは、
よくあることです。

私の場合、トマトジュースが昔はダメでした。

でも、のむ機会が、たまたまたびたび訪れ、
なんとなしに飲んでいるうちに、
これがとても美味しく感じられるようになったのです。

まあ、そんなもんです。

あと、ちなみに、いまだに、「その他の醸造酒」というヤツだけは、
温めても美味しいと感じることはありません。

ただ、こういったものは個人差が大きいですから、
あくまで、自分が美味いと感じるかどうかがすべてですね。

まわりが何と言おうと美味しいものは美味しいし、
まずいものはまずいのです。

ただ、思い込みでまずく感じたりするのは、
とても残念なことなんですね。


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